甘木絞り着物「白夜」

第60回記念 西部伝統工芸展 入選作品(2026年)
本作は、甘木絞りに伝わる「白影絞り」という技法を用い、白地に藍の線を染め出した着物です。
一針ずつ布を縫い、糸を引き締め、染める部分だけが表に出るように布を丸太へ固定して、藍で染める。
幾重にも積み重ねた技と時間によって、白い布の上に、静寂な強さを持つ藍の線が現れます。
作品コンセプト|目には見えなくても、確かに存在するもの
昼の空に星が見えないときも、星そのものが消えてしまったわけではありません。
人の心の奥にある祈りや想い。
言葉にならない願い。
時間の中に積み重なっていく記憶。
目で確かめることはできなくても、私たちの内側には、消えることなく在り続けるものがあります。
本作では、その静かで揺るぎない存在を、白地に現れる藍の線に重ねました。
作品名「白夜」に込めた想い
白夜とは、夜になっても太陽の光が残り、空が完全には暗くならない現象です。
明るい白夜の空に、夜の星を見ることはできません。
しかし、その光の向こうには、星々が変わることなく存在しています。
白く広がる空と、その奥に潜む夜。
本作では、その情景を、白地と藍の線の対比に重ねました。
目に映るものだけが、すべてではない。
作品名「白夜」には、形としては見えないものの本質を、静かに見つめ、感じ取りたいという想いを込めています。
白地に藍の線を染め出す「白影絞り」
白影絞りとは、布を縫い締め、染める部分だけを表に出して藍染めすることで、白地に藍の線を染め出す絞り染めの技法です。
藍染めの絞りでは、染料が入らないように防染した白い模様を、藍地の中に表す技法が多く見られます。
一方、白影絞りでは、白地を大きく残しながら、染める部分だけに藍を入れることで、白い布の上に藍の線を現します。
※防染とは、布の一部に染料が入らないようにして、模様をつくる方法です。
染める部分と染めずに残す部分を見極め、縫い締めた布を丸太に固定することで、白と藍の関係が形づくられていきます。
白い余白の中に、藍の線が鋭く現れること。
それが、白影絞りの大きな特徴です。
明治・大正期の技法を、現代の意匠へ
現存する甘木絞りの白影絞りの作例は、明治・大正期にまで遡ります。
白地に藍の線を染め出す独特の表現を持ちながら、その後は作例を見る機会が少なくなり、長い間ほとんど用いられなくなっていた技法です。
数少ない文献や古い作例を手がかりに、縫い方や糸の締め方、布の固定方法、藍の染まり方を一つひとつ確かめながら、試作と研鑽を重ねてきました。
本作では、過去の作例をそのまま再現するのではなく、白影絞りが持つ線の美しさを受け継ぎながら、現代の着物としての意匠を追求しています。
藍の線の配置や間隔、流れ、白地との比率。
着物全体を一つの画面として捉え、線のリズムと余白の関係を再構成しました。
伝統技法を守ることだけにとどまらず、その技法だからこそ生まれる造形を見つめ直し、現代の感性に届くデザインへと昇華させることを目指しています。
天然灰汁発酵建ての藍が生む、深い静けさ
染色には、天然灰汁発酵建ての藍を用いました。
天然灰汁発酵建てとは、藍の葉を発酵させてつくる「蒅(すくも)」に、木灰から取った灰汁などを加え、微生物の働きによって藍を染められる状態にする、伝統的な藍染めの方法です。
藍は一度で深い色に染まるものではありません。
布を藍に浸し、空気に触れさせて発色させる工程を繰り返すことで、少しずつ色に深みが生まれます。
白い布の上に現れる藍の線には、わずかな濃淡や揺らぎがあります。
それは、一針ずつ布を縫い、糸を引き締め、藍の状態を見極めながら染め重ねる中で生まれる、白影絞りならではの表情です。
深く静かな藍と、広く残した白の余白。
その対比によって、白地を走る藍の線に、静けさの中に張りつめる緊張感を表現しました。